偉人伝シリーズ第二回目「レオナルド・ダ・ヴィンチからまなぶ人生の5つの教訓」です。

世紀の天才と言われた彼の偉業には、ちょっと個性的なオトンの存在がありました。

「レオナルドダヴィンチ 天才すぎて驚愕の人生 〜なにげに時々すごいオトン〜 」




また、彼のオモシロエピソードも動画にまとめました

「レオナルド・ダ・ヴィンチ 意外と知らないオモシロエピソード集」  







では、本日の偉人伝・偉人伝・偉人デンデンデデンデン♪


レオナルド・ダ・ヴィンチ (1452年4月15日 - 1519年5月2日)


史上最高の呼び声高い画家の一人であるとともに、人類史上もっとも多才の呼び声も高い人物です。

今日は、彼の人生から学べる人生の教訓を5つ解説していきます。


〕直時代に、自然の中で遊んだ。

妥協のない天才であった。

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い笋辰浸なくても「やれます」と言った。

ヌ燭△襪發里鬚海茲覆愛した。




〕直時代に、自然の中で遊んだ。


彼は幼少時代をヴィンチ地方の村落で過ごします。

ものすごい田舎で、彼はその中でのびのびと成長したと言われています。

実は、自然の中で遊ぶということは身体的能力だけでなく頭脳を高める働きがあることが近年証明されています。

自由な発想、創造力、多面的な物の見方、すべては枠にはまらない自然の中で育まれていくのです。

最近は、小さい頃から塾や習い事で、外で遊ばない子どもが多いようですが、実は幼少のことは、塾に行くより山を駆け回る方が頭脳にとっては良いことかも知れませんよ。



妥協のない天才であった。


現存するレオナルドの絵画作品は「わずか15点程度」と言われており驚くほど少ないです。

これはレオナルドが完全主義者で何度も自身の作品を破棄したこと、新たな技法の実験に時間をかけていたこと、一つの作品を完成させるまでに長年にわたって何度も手を加える習慣があったことなどによると言われてます。

それゆえ、未完成な作品が多いのです。

レオナルドの作品で有名なのは「モナ・リザ」ですが、彼は死の間際までこの絵に筆を入れ続けたといわれています。



3悗咾△┐詬Гいた。


レオナルドには様々な分野の、歴史的に見ても重要な多くの友人がいました。

例えば、近代会計学の父ともいわれる数学者ルカ・パチョーリは、1490年代にレオナルドと共著で数学の論文を著しています。

そのような仲間と切磋琢磨していく中で、彼は才能を発揮していったのです。



い笋辰浸なくても「やれます」と言った。


ダ・ヴィンチは30歳の時に当時のミラノ公爵に、画家としてではなく、なんと軍事関係のエンジニアとして、自らを売り込みました。

当時、ミラノはヴェネチアとの戦争状態にあったので、仕事を手にするためには、軍事エンジニアとして売り込むほか手はなかったのです。

しかし、なんとその時、ダ・ヴィンチは軍事に関する知識も経験も何一つ持っていませんでした。

やった事なくても「やれます」と言ったのです。

これは、多くの成功者に共通するポイントです。

かのホリエモンも、ホームページ制作を行っていたとき「こういうことって、できる?」と顧客に言われたとき、それがやった事ないことでも「できます」と言って、持ち帰ってから専門家に聞いてやっていたそうです。

スティーブ・ジョブスも、企業を相手に営業していた時には、技術的にやったことないことを求められても「やれます」と答えて、持ち帰ってから開発したといいます。

もちろん、「やれます」と言って、できなかったら信用を失ってしまいます。

そのリスクを冒してでも成功者が「やれます」と言うのは「できないといった瞬間に、チャンスは逃げてしまうからだ」そうです。

そして、成功者は「やれます」と言って自分にプレッシャーをかけてやってしまうのです。

「できません」という誠実さも大事かもしれません。

でも、ここ一番では「やれます」とハッタリをかます事も必要なのです。



ヌ燭△襪發里鬚海茲覆愛した。


レオナルドは菜食主義者であり、籠に入って売られている鳥を購入してはその鳥を放してやるような、命あるものをこよなく愛する人物だったと言われています。

また、彼の葬儀には彼の遺言したがって、60名の貧者が葬列に参加し、レオナルドの遺産から施しが与えられた。

さらに、給仕係の女性には毛皮の縁飾りがついた最高級の黒いマントを遺した。

黒いマントを遺した理由は、自分の葬儀に出るときに恥ずかしい思いをしないようにという、彼の心遣いである。

命あるものを愛したレオナルド。

人を、命を愛するのは成功者に多く見られる共通点です。

命を愛するからこそ、命に貢献できるよう偉業を成し遂げられるのかもしれませんね。




引用元:ウィキペディアより一部抜粋
再編成

この内容を動画にしました☆

「レオナルドダヴィンチから学ぶ人生の5つの教訓」






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最後まで読んでいただきありがとうございました♪





 
 
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今日から、新シリーズが加わります。

題して「偉人から学ぶ人生のコツ」(p`・ω・´q)

記念すべき一回目は「アルベルト・アインシュタイン」

彼の人生をまとめた動画も作りましたので、興味があったらご覧下さい。
「アインシュタインの人生」(約8分)



「アインシュタインのおもしろエピソード集」(約4分)
(「アインシュタインの人生」を面白いところだけまとめたもの☆オススメ☆)




では、アインシュタインの人生から、人生のコツを学んでみましょう。

今回は、彼の人生から学べる5つのポイントについて解説していきます。


【アインシュタインの人生から学べる、5つのポイント】

ヽ惺擦諒拔は落ちこぼれでも、好きなことを優先した。

∩反イ紡阿気覆ぜ由人であった。

5婉を楽しんだ。

だこκ刃臓平諭垢旅せ)を心から望んだ。

セ弭佑聾充族修垢襪海箸鮹里辰討い拭



では、一つずつ解説していきます。

ヽ惺擦諒拔は落ちこぼれでも、好きなことに集中した。

天才で知られるアインシュタイン。

推定IQはなんと160〜190!
(東大生の平均IQは120)

しかし、意外と学校の勉強では落ちこぼれだったようで

・5歳頃まであまり言葉を話さなかった(;゚Д゚)!

・簡単な数字や記号を記憶することが苦手だった(;゚Д゚)!!

・大人になっても、小学生のようにスペルを間違えることがままあった。「R」の大文字を生涯鏡字で書き続けた(;゚Д゚)!

・スイスのチューリッヒ連邦工科大学を受験するも失敗した(;゚Д゚)!!!
(しかし数学と物理の点数が最高点だったがため、翌年度の入学資格を得られる)

・大学の講義にはあまり出席せず、物理の実験は最低の「1」(;゚Д゚)!!!!
(しかし、自分の興味ある電気技術では優秀な「6」の成績をとっている)


アインシュタインは、単なる記号処理的な頭脳の働きでなく、全体を把握する能力が高かったと言われています。

いわゆるIQとは、知識の高さではなく、物事を多面的にみれる能力を言います。

アインシュタインは、秀才型ではなく、まさに天才型だったのです。

その天才ぶりは、幼少の頃から発揮され、9歳のときにピタゴラスの定理の存在を知り、その定理の美しい証明を寝る間も惜しんで考え、そして自力で定理を証明した(;゚Д゚)!

12歳のときに叔父からユークリッド幾何学の本をもらい独習。微分学と積分学も、この当時に独学で習得した(;゚Д゚)!

学校の勉強ができなくても、自分の好きなことに集中することで飛び抜けた能力を発揮したのです。

もちろん、学校の勉強は出来るに越したことはないかもしれません。

でも、誰にも得手不得手はあります。

もし、あなたやあなたのお子様が、勉強が得意でなかったとしても、なにか好きなことに夢中になれたらそれだけで天才ですね。

そして、もともと子どもは好きなことには夢中になれる能力をみんな持っているんです。

それを潰してしまうのが、周りの大人の場合が多いので、注意が必要ですね><

アインシュタインは、ある新聞社のインタビューの中で、光速度の数値を答えられず、記者から揶揄されると
「本やノートに書いてあることをどうして憶えておかなければならないのかね?」
とやりかえしたといいます。

そう考えると、暗記中心の今の受験制度にも色々疑問が浮かんできますね(笑)


∩反イ紡阿気覆ぜ由人(変人)であった。

・アインシュタインは、ミュンヘンにあるカトリック系の公立学校へ通ったが、その校風になじめなかった(´・ω・`)

・卒業後はミュンヘンのルイトポルト・ギムナジウムに入学。しかし、ここでもまた軍国主義的で重苦しい校風になじめなかった(´・ω・`)

・大学時代、教師には反抗的で授業をよく休んだ(´・ω・`)

・大学時代は、化学の実験中に爆発事故を起こし、学校をパニックに陥れてしまったこともあった(((;゚Д゚))!!


まさかのマッドサイエンティスト(;゚Д゚)!


でも、そうやって規律から自由に生きることで、既成概念に縛られない自由な発想が生み出されたのだと思います。

もちろん、社会に適応することも大切ですが、変人の方(はい、私も変人です)はむしろ自由に生きてしまいましょう(笑)!

ちなみに、アインシュタインはあまり服装に気を使わなかったようで
「服装に気をつかってはどうか」
と言われた際、
「肉を買ったときに包み紙の方が立派だったら侘びしくはないか」
とやりかえしたことがあるといいます。

自由人(変人)の彼らしい答えですね。

良い子は真似しちゃダメですよ(笑)



5婉を楽しんだ。

アインシュタインは、友人の父親の口利きでベルンの、スイス特許庁に3級技術専門職(審査官)として就職しました。

ここで好きな物理学の問題に取り組む自由がたっぷりでき、特許申請書類の中のさまざまな発明理論や数式を知る機会を得ました。

特許庁の審査官を務めていた頃、
「君ほどの人物が大学に残れないのは納得がいかない」
と言われたことがありましたが、
「研究は大学でしかできないわけじゃないよ。だって、こうして君とお茶を飲みながらでも議論ができるじゃないか。ここは私にしてみれば、実に立派な研究室だよ」
と言い返したことがあります。

周りから見れば、恵まれない環境でも、本人は楽しんでいたようです。



だこκ刃臓平諭垢旅せ)を心から望んだ。

アインシュタインは、多少なりとも自分の研究が原子爆弾開発を後押しした行為を行ってしまったことを悔やみ謝罪しています。

日本に原爆が落とされたとの一報を受けたとき、「O weh!(ああ、なんということだ!)」と漏らしたと伝えられています。

死去する前年の1954年に、「もしヒロシマとナガサキの事を予見していたなら、1905年発見した公式は破棄していただろう」と語っていました。

ジョン・ハーシーの『Hiroshima(英語版)』を自費で大量に購入し、知人に配って回ったことからも、原爆被害について関心を持っていたようです。

アメリカに滞在中の湯川秀樹のもとを訪ね、「原爆で何の罪もない日本人を傷つけてしまった。こんな私を許してください」と激しく泣き出し、深々とお辞儀を繰り返したという逸話があるほど。
なお、この姿を見た湯川は、
「学者は研究室の中が世界の全てになりがちだが、世界の平和なくして学問はない」
という考えに至り、世界平和のための運動に力を入れるようになったといいます。

脳科学的には、脳は自他の区別がつかないと言われています。

人を憎むことは、自分を憎むことと同じです。

人を愛することは、自分を愛することと同じです。

世界の平和を愛したアインシュタインは、きっと自身も平和に生きることを望んだ人なのでしょう。



ちなみに、訪日の際に人力車に乗ることを薦められたが、非人道的な奴隷労働と解釈し、乗車を拒否したことがあります。

アインシュタイン、それは大きな勘違い!ヾ(;゚Д゚)!!


セ弭佑聾充族修垢襪海箸鮹里辰討い拭

アインシュタインは

「人間が頭で考えることは、すべて実現可能である」

という名言を残しています。

いわゆる「思考は現実化する」や「引き寄せの法則」に通じる考え方ですね。

ちなみに、あの有名な相対性理論を生み出すきっかけとなったのは、自分が光の速さで光を追いかける夢をみたことがキッカケでした。

ということは、
ドラえもんの世界も、いつか現実となる日が来るのかもしれませんね^^

引用元:ウィキペディアより一部抜粋

ちなみに、このブログの内容を動画で観たい方はコチラ
「アインシュタインから学ぶ人生のコツ」





 
 
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